「都市現象への確率論的説明モデルを使った考察」梗概
平成14年2月15日、京都工芸繊維大学 工芸学部造形工学科夜間4回生、佐藤■■
1.概要
都市論、都市研究において使用される用語には曖昧な部分があるのではないだろうか?。例えば都市のカオス、乱雑さ、秩序、無秩序とは一体何だろうか。他分野の知見と比較すると普段見逃してきた意味を再発見できるのではないだろうか。このような問題意識を背景に、本研究では以下の2つの事を行った。
A.自然科学的概念と都市現象的概念の関連を概念的に整理する。
B.確率論的説明モデルというモデル図法を、都市的現象の分析の道具として提案する。
[A.自然科学的概念と都市現象的概念の関連の整理]
都市を解読しようとする試みには、厳密科学的な都市の解読(厳密な理解の積み重ねで、都市的なものの把握に到達しようとする。都市解析、複雑系研究など)と、都市評論的な都市の解読(厳密さに拘泥せず、都市的なものの把握の核心に直接触れようと試みる)がある。本研究は、この両者の間に立って少しでも包括的な理解の枠組みに近いものを構築しようと試みた。特に熱力学や情報論におけるエントロピーを、都市現象や景色の分析にどう応用できるか試した。その為には基礎概念の厳密な定義が不可欠で、曖昧な都市論的な題材をどう厳密な枠組みと対応させるかが焦点となった。その為に<仮想>という概念を駆使して、概念の対応を図った。また、カオスや開放系などの複雑系概念の都市論への応用として芦原義信の著作を取り上げ、その主張の検討を行った。本研究そのものは概念整理が中心となったが、ここで行ったエントロピーの概念整理は今後の研究の枠組みとして利用可能であると考える。
また秩序/無秩序などの都市的概念を自然科学概念と摺り合わせる事によって、都市的様相への新たな視点・視野が開け、今後の研究的・評論的な論考にとって参考になると考えた。そこで都市現象(景色)における秩序、無秩序などの概念を、確率論的説明モデルとエントロピー概念から形式的厳密性をもって定義した。
[B.確率論的説明モデルの提案]
都市で行われる活動を自然科学的に分析しようとすると、状態方程式に還元し切れないものとして主体の意志という問題に突き当たる。本稿で提案する確率論的概念モデルとは、一方で自然科学的なエントロピー概念を背景に持ちながら、都市で行われる主体的活動の様相を的確に表現する為の道具である。それを駆使して、本稿ではまず卑近な宅地開発という現象の記述を試み、更に都市的話題としてツリー/ラティス、歴史的な景色の秩序の作られ方、住民の手による主体的まちづくり、多様性、豊かさなどをどう分析できるか試みた。
2.確率論的説明モデル
確率論的概念モデルでは、主体がこれから為す行為の可能範囲(可能性の確率的射程)を末広がりの模式図で示す。その目的は主体行為の予測のされ方を可視化する事である。図の「主体的意向」とは主体にとって元々のモチベーションだった部分で、「制約」とは、それを現実化させる為にモチベーションと関係なく従った付帯的事項である。例えば建築基準法により強制される事柄は制約である(現実的制約)。一方、数寄屋を造りたい人のその数寄屋のイメージ・欲望は主体的意向である。主体的意向と制約が分かれば、結果事象に対する確率分布を仮想的に計算できるものと考える。
このモデルの背後には「事態を明らかにするのに充分な情報と現在得られている情報の差分が情報エントロピーとなり不確かさを形作っている」というL・ブリルアンの考え方がある。例えばある集団の動きを予測する為に、そこに属する個人の行動をまず予測しているとしよう。その集団内で共通な情報だけを頼りにすると、個人別の情報がなくて完全には予測しきれず「こうかもしれない、ああかもしれない」と予測の範囲が生じる。これが図の右辺にある可能性の射程の意味である。ここで個人行動としてあり得る場合の数を仮想的に数えたとして、その対数をこの主体行為のエントロピーと呼ぶ。これは個人行動に関する情報の不足度合いであるが、同時に個人が取りうる行動のバリエーションを表している。集団行動に関しては、個人の取りうる場合の数の掛け合わせ(の対数)としての集団のエントロピーを定義できる。
3.秩序、無秩序
本稿では都市現象や景色の秩序形態を、確率論的説明モデルを元に4種類に分類している。その内の2種類を上図に示す。また無秩序を、秩序に関わる如何なる因果系列や基準に対しても偶然の関係にある(無関係な)別の因果系列が引き起こす現象と定義した。景色における秩序要因とは、様式・スタイルなど多くの地域で共通してみられる構造物の特徴と、切り取った景色内の何らかの特徴の共通性である。景色における無秩序とは、景色の秩序要因に対して「偶然」の関係にある物事の景色における痕跡である。その主なものは個人の生活の都合や、生活上の成り行きであるが、秩序要因と完全に縁の切れた無秩序要素は実際には少なく、その関係性の遠さ・近さを持った一連の事象が観察される事を実例(風景写真)から示した。
4.モデルの適用例
本モデルは、主体行為の射程を軸に都市現象を解体・構成する。下図は或る民間デベロッパーによる宅地開発行為を模式化したものであり、その次の図は家を建てるという行為を強制的に一つのモデル図に置き換えた場合の制約事項の内容を示したものである。
次の図は、住民が主体的に参加した都市計画と、部外者による都市計画の施行を模式化したものである。
この図の分析により、当事者の計画の利点として以下の3点を挙げた。1.当事者による計画の場合は、決めた規則以上の趣旨に沿ったきめ細かい行動のコヒーレンスが期待できる。2.当事者にとっての満足は当事者が一番良く知っている。部外者の計画では主体→調査→計画→環境への経路が間接的であって、当事者の不満足につながる不都合を生じやすい。3.当事者による計画では自分たちの街を自分たちで決めてゆけるという主体性意識が芽生え、自信、充足感、帰属感、活力を生む。これは当事者の集団的思考の自己組織化による。以上は、図表現とその分析の一例である。他にも多くの分析を試みている。
5.目次
序説 本研究の背景と目的
第1章 確率論的説明モデルの説明
第1節 直感的な意味合い
第2節 モデルの定義
第3節 モデル拡張の試み
第2章 自然科学概念との関係
第1節 基礎概念
第2節 本モデルとエントロピー概念
第3節 自然科学的な秩序と都市
第3章 一般的な都市現象への当てはめ
第1節 住宅建設と都市景観のモデル
第2節 宅地造成のモデルとその背後にある法則・構造
第4章 都市現象と景色における秩序・無秩序
第1節 秩序
第2節 無秩序
第3節 考察
第5章 都市評論的概念への応用
第1節 ツリー/ラティス/ネットワーク
第2節 冷たい社会と熱い社会の景色の秩序
第3節 住民の主体的参加と地域活性化
第4節 評論的カオス
第5節 多様性と豊かさ
第6章 結論
6.総括
本稿には、確率論的説明モデルの理論的基礎付けや都市現象(および景色)の理論的考察にあたる部分と、モデルの都市論への広範囲な応用を目指した部分がある。前者は自然科学による都市モデルの理論的基礎付けの可能性を示し、後者はモデルの応用可能性を示した。しかし前者の理論的厳密性は単純な場合にしか応用されず、後者の都市論が多少遊離してしまった点に問題も残した。今後更に研究を進めるとすれば、理論的基礎付けの適用範囲を広げることが考えられる。また、本モデルで表現しにくい現象もあるので、より広範囲を扱う為のモデルの拡張も重要となる。